2011/07/22

気仙沼からの・・・。


事務長Uです。
毎日暑い日が続いております。熱中症だけにはお気を付け下さい!

さて、院長と事務の佐久間さんが気仙沼のボランティアに参加しはや1週間が経ちました・・・。

毎日、院長からの報告メールがきていてその内容を少し紹介します。
(20通以上のメールですが少しだけ・・・)
今回の震災とボランティア活動の内容を、どのように皆さんにお伝えするべきなのか、少し悩みますが・・・。


『院長からの報告メール』

7月17日
大きな損傷のあった仙台駅。天井むき出しのまま営業再開していました。新幹線は連休中ということもあり割と人が多く、東京-盛岡のやまびこ指定席は約8割の入りでした。
気仙沼での活動中は、我々の本拠地は一ノ関です。気仙沼まで約50km離れており、片道1時間強かけて朝夕往復します。17日の気温は30度。倉敷と変わらないくらい暑かったです。
東京以北は倉敷に比べ、節電の意識が高いようで、エスカレーターの稼働数を減らしたり、モノレールではあらかじめ蛍光灯を何本かに1本抜いてあったり、明るいところを走る時に車内灯をすべて切ったりしていましたし、コンビニも最低限の明るさで営業していました。
正直、移動中はほとんど普段と変わりない生活をしているように思えました。


7月18日 初日 午前 (本日診療4件、看護3件)
朝8時半からのミーティングは祝日ということもあり参加者7人と、聞いていたよりもずっと小規模でしたが、しっかり濃い申し送りを受けて診察開始です。

最初、気仙沼市内を走ってみて、1階部分が損傷したお店や家々がみられ、「あー、ここまで水が来ていたんだな。大変だなー、1階が水浸し、ガラスも割れて、がれきだらけで大変だったんだろうな」といった感想でした。道路もほぼきれいになり、営業を再開するお店もみられたため、復興も良い調子で進んでいるのだろうと思っていました。
しかし、1件目のおうちに向かう途中、目の前に現れた景色に言葉を失いました。自然の脅威。テレビや新聞で見るのとは全く違う、現実。心の底から恐れがわいてきました。写真を撮らせてもらいましたが、きっと伝わらないと思います。忘れることはできない光景です。
頑張ろう、日本。頑張っぺ、気仙沼!


7月20日 3日目 午前3件 午後3件
午前ラストは連日診療の○○さんのおうちに行きました。褥瘡の処置を行ったところで、娘さんから「今日入浴なんですけど、どうしましょう?」と。少しデブリをしたこともあり、訪問看護が入るようになってからにしましょ…、と言いかけたところで残念そうな表情をされていることに気づきました。入浴の時間が午後ラストの方の予定の直後、しかもその患者さんがすぐ近くの家ということもあり、入浴後に訪問入浴の看護師さんに処置を覚えてもらう意味も含めて、再訪問・再処置を行うようにしました。JRSでは時間や移動の都合、慣れない土地での活動ということもあり自院(つばさクリニック)の時のように自由に対応することは難しいと思われていましたが、運も味方して、希望に沿うことができました。

同日 2通目
午後は本吉病院の看護師さんと合流して、診察の見学をしてもらう予定です。ちょっと早めに本吉病院に着いたので中を(勝手に)見学させてもらいました。現在、気仙沼市立本吉病院は災害救助隊や民医連のフォローアップで存続させている形になっています。

午後に同行してくれた本吉病院の看護師さんの家は気仙沼市街で、20kmほど離れたところになる本吉病院には震災後2日間行くことができなかったそうです。
「自身は長ーい時間揺れ続け、まるでお盆の上でぐーるぐる転がされているようだった。子供たちが心配で、揺れている間に階段で2階に上がって連れて降りることができるくらい長く、ゆっくり揺れていた。気仙沼の海がさーっと引いて行って、普段は見えない海底が見え、これはただ事ではないと思い非難した。家はぎりぎり津波の被害はなかった。この地区では年に1回、津波に対する防災訓練は行っていて、今回の自身のあとでも避難所までみんな移動はしていた。ただ、津波が予想よりずっと大きく、避難所ごと流されてしまった人がたくさんいたのが残念。国道が海沿いを走っているので、地震後に学校までわが子を車で迎えに行ったお母さんがたくさん津波に飲み込まれてしまった」
絞り出すように、その看護師さんは震災の事を話してくださいました。

午後の診療の合間に一つの集落が全部流されてしまった場所を通りました。線路の上に家の残骸が…

私たちは、今できることを精一杯しなくては。


気仙沼4  気仙沼1  気仙沼2  気仙沼3  気仙沼5  




・・・少しではありますが、メールの一部をご紹介しました。

つばさクリニックからの気仙沼活動は今日で終了になります。わずかな期間でしたが、少しでもお役にたてたのであれば本望です。

院長からの報告を見て、被災された皆様に何をすべきなのか?そして、医療に携わる者としてこのような状況で何をすべきなのか!と感じさせられるました・・・。